
1871年(明治4)、肥後国には熊本県と八代県が設置された、熊本県はその後白川県と改められ、1873年、白川県と八代県が合併して白川県となった。1877年(明治10)、再び熊本県に改名され、現在の熊本県が誕生した。
主に戦前までは熊本が九州の中心とみなされ、熊本鎮台・第五高等学校などが設置されたが、戦後の経済発展に伴い、その役割は次第に福岡県へと移っていった。
第五高等学校教師として夏目漱石・小泉八雲が熊本市に住んでいたことがあり、森鴎外も第12師団軍医部長として熊本市に赴任したこともある。熊本での体験が彼らの文学に大きな影響を与えている。
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